ストリート日本画
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1920年、カリフォルニア州サクラメントに生まれ、幼少期から青年期を広島で過ごしたジミー・ツトム・ミリキタニ(1920–2012年)は、度重なる強制的な移動や差別、喪失の経験を重ねながらも、人々と協働し、国境を越えるアートを生み出しました。戦前の日本で日本画の修行を積んだ後、1940年にアメリカへ戻り、第二次世界大戦中には北カリフォルニアに位置するトゥーリーレイク強制収容所に収容され、その過程でアメリカ国籍を失うことになります。さらに、広島への原爆投下によって家族や幼い頃の友人を亡くしました。
戦後を過ごしたニューヨークでは、1980年代後半から無国籍状態のなかで、長年にわたり路上で暮らしました。絵画、ドローイング、コラージュ、ミクストメディアに及ぶ彼の制作は、生き延びるための手段であると同時に、太平洋をまたぐ自身の移動の記憶や日系アメリカ人としての経験を、他者と共有するための営みでもありました。
《ストリート日本画》は、ミリキタニの創作・実践に光を当て、制作、記憶の共有、そして路上での活動が交差するアートのあり方を、これまでで最大規模となる作品数を通して紹介します。本展および本オンラインサイトは、以下の6つのセクションで構成されています。「Sidewalk Stories(路上の物語)」「Street Nihonga(ストリート日本画)」「Tule Lake Memory-scape(トゥーリーレイク―記憶の風景)」「Multiple Ground Zeros(重なり合うグラウンド・ゼロ)」「Affinities and Connections(つながりと共鳴)」「Entangled Memories(絡まり合う記憶)」。ミリキタニの歩みを年代順にたどるのではなく、彼自身のコラージュ作品に着想を得ながら、それぞれのセクションが、ミリキタニの制作活動の異なる側面を浮かび上がらせることを目的としています。
各セクションでは、作品画像とともに解説テキストを紹介しています。また、ミリキタニのドキュメンタリー映画の監督であり、彼の最も近しい友人かつ支援者でもあったリンダ・ハッテンドーフとマサ・ヨシカワ、ならびに本展の担当学芸員によるカタログ掲載テキストの一部も転載しています。さらに、ハッテンドーフが本展のために制作した短編映像集や、ミリキタニの足跡をたどるインタラクティブ・マップを掲載しており、ミリキタニの国境を超える移動、路上での活動を、いくつもの視点からたどることができます。
このオンライン展覧会サイトは、金子牧、クリス・アーカムズ、村田大輔、ライアン・ワグナーによって制作されました。英語版の翻訳を基礎としつつ、一部加筆修正を加えています。
Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (“Mt. Fuji” and flames in homage to Hayami Gyoshū), after 2001, Museum purchase: R. Charles and Mary Margaret Clevenger Art Acquisition Fund, 2020.0221
ビデオによる紹介
このビデオでは、映像作家のリンダ・ハッテンドーフが、ジミー・ツトム・ミリキタニとの関係、そして彼の芸術家としての歩みを形づくった経験について振り返ります。広島での幼少期からニューヨークでの長年に及ぶ路上生活に至るまで、ミリキタニの人生は、戦時中の強制移動や喪失、そして並外れた粘り強さによって特徴づけられています。ハッテンドーフは、収容所での生活体験とその後に続く悲劇が、彼のドローイングやコラージュ、ミクストメディア作品の中にどのように表れているのかを辿ります。アーカイブ映像や作品を間近に捉えた映像を交えながら、本映像は、ミリキタニが生涯にわたる移動と闘いをいかにして力強い視覚的証言へと昇華させたのかを描き出します。

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (cat with fish and peppers), date unknown, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.141
路上の物語
ニューヨークの歩道や公園は、ジミー・ツトム・ミリキタニにとってスタジオであり、ギャラリーであり、また人々と出会う場でもありました。ミリキタニは、ドローイングやコラージュの制作を通じて日々の生活を支え、代表的なモチーフである猫の作品や自伝的な「人生の記録」を、関心をもって足を止めた通行人たちと分かち合いました。

Satō Tesurō, Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets, 1990s, Courtesy of the artist, EL2025.060
ストリート日本画
ミリキタニは、路上生活の中で得た素材や出会いをもとに、19世紀後半の日本で誕生した日本画と向き合いながら、それを独自に変容させていきました。本セクションでは、彼が日本画、都市の物質文化、そしてロウアーマンハッタンの共同体のスピリットをどのように融合させ、国境を越える「ストリート日本画」という独自の表現形式を築き上げたのかを照らし出します。

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Tule Lake: artist, rabbit, woman and child), circa 2001, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.155
トゥーリーレイク―記憶の風景
1942年5月、ミリキタニはトゥーリーレイク強制収容所に送られ、そこでアメリカ市民権の放棄を強要されます。以後、生涯を通じて、トゥーリーレイクの兵舎やキャッスルロック、シャスタ山を描いた作品を制作し続けました。本セクションに展示される作品群は、収容の経験が彼の人生に長く影を落としていたこと、そして記憶が重層的に変化し続けるものであったことを示しています。

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River), date unknown, MASA Collection, Tokyo, Japan, EL2025.049
重なり合うグラウンド・ゼロ
広島への原爆投下と2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロという二つの出来事を、直接的あるいは間接的に経験したミリキタニは、これらの「グラウンド・ゼロ」を自身の芸術における中心的なモチーフとしました。これらの作品は記憶を喚起するものであると同時に、そこでは破壊と再生、恐怖と美、軍事的イメージと平和への祈りといった相反する要素が、緊張感のなかで共存しています。

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Yasuo Kuniyoshi and rabbit), 2012, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.094
つながりと共鳴
このセクションでは、ミリキタニと他のアーティストとの繋がりを手がかりに、国境を越えるアーティストとしての彼の多層的なアイデンティティを浮かび上がらせます。そこには、日本で育った日系アメリカ人、ニューヨークの路上で制作した日本画家、そして環太平洋の経験によって形成されたアーティストとしての姿があります。こうしたつながりは、境界や枠組みとらわれない視点を私たちに促し、固定化されたカテゴリーを予期せぬかたちで覆す可能性を示しています。

Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (big turtle table collage), after 2002, MASA Collection, Tokyo, Japan, EL2025.051
絡まり合う記憶
ミリキタニは、雑誌や新聞の切り抜き、写真、愛する人の写真の複製、そして自身の作品イメージを織り交ぜたコラージュを通して、記憶や歴史、さらには現代社会を重層的に表現しています。ここに見られる表現は、彼が自身の人生の物語を視覚的に形づくると同時に、並外れた人生の中で築き上げてきた多様なネットワークやコミュニティを浮き彫りにしています。

インタラクティブ・マップ
このインタラクティブ・マップでは、日本各地およびアメリカの西海岸と東海岸に点在する重要な場所を通じて、ジミー・ツトム・ミリキタニの人生をたどることができます。これらの場所が、彼の作品にどのような影響を与えたのかをご覧ください。
協賛・支援
Supporters
本展覧会および関連プログラムは、以下の団体・基金のご支援により実現しました。
ヘンリー・ルース財団、テラ財団(アメリカ美術)、E. ローズ&レオナ・B・カーペンター財団、全米芸術基金(NEA)、ヘレン・フランケンサーラー財団 、リンダ・ベイリー展覧会・プログラム基金、ダグラス・カウンティ・コミュニティ財団、カンザス大学研究局、カンザス大学オフィスオブリサーチ、カンザス大学美術史学部、ジョージ&ヒラリー・ヒロセ、ジュディ・ペイリー、インターナショナル・アーティスト・イン・レジデンス・プログラム基金、マリリン・J・ストクスタッド・スペンサー美術館出版基金、アーツ・リサーチ・インテグレーション、フレンズ・オブ・ジ・アート・ミュージアム
