重なり合うグラウンド・ゼロ
「グラウンド・ゼロ」という言葉は、もともとニューメキシコ州トリニティ実験場や、広島・長崎への原爆投下における爆心地を指していました。その後、2001年9月11日の同時多発テロ事件を経て、旧世界貿易センタービルの跡地を指す言葉として用いられるようになります。こうした壊滅的な出来事を、直接あるいは間接的に経験したミリキタニは、広島の原爆ドームとニューヨークの世界貿易センターという二つの「グラウンド・ゼロ」を、他の戦争関連テーマとともに、繰り返し描き続けました。
ミリキタニは幼少期に家族と共に広島に移り住み、成長期をそこで過ごしました。自らを「広島縣人」と称していた彼は、生涯にわたって広島への深い愛着を抱き続けます。原爆投下当時、ミリキタニ自身はトゥーリーレイク収容所に収容されていましたが、広島にいた母方の家族やかつての学友たちは命を落としました。この喪失の記憶は、爆心地近くで半壊した原爆ドームを炎に包まれた姿として描いた数々の作品に表れており、戦後に平和の象徴となったその姿は、しばしば観音菩薩と並置されて描かれています。
1980年代後半からロウアー・マンハッタンの路上で暮らしていたミリキタニは、2001年の同時多発テロを間近で目撃しました。燃え盛る高層ビルの光景は彼の表現のモチーフのひとつとなり、そのイメージは広島を描いた作品と酷似しています。二つの出来事が、ミリキタニの記憶と想像力の中で深く結びついていたことを示しています。
本セクションでは、ミリキタニが描いた二つの「グラウンド・ゼロ」をはじめ、破壊や戦争の光景を捉えた作品群を展示します。これらの作品には、壊滅的な出来事へのミリキタニの追悼の意とともに、荒廃と再生、恐怖と美しさ、軍事的なスローガンと平和への祈りといった一見相反する要素が共存しています。そうした表現は、戦争や暴力の歴史を、単一の意味や政治思想に簡単に回収することなく、さらに深く省察することを促しています。
Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River), date unknown, MASA Collection, Tokyo, Japan, EL2025.049
ビデオによる紹介
このビデオは、リンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』には収録されなかった映像をもとに、彼女自身が編集したもので、ジミー・ツトム・ミリキタニの人生と作品における重要な瞬間を捉えています。
9.11同時多発テロ事件後にワシントン・スクエア・パークのメモリアルを訪れる様子や、ツインタワーへの攻撃に応答する作品が収められています。また、ミリキタニが広島を訪れ、原爆記念日に平和記念公園と原爆ドームを訪れた様子も映し出されています。
untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River)
untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River) label
本コラージュ作品において、ミリキタニは観音菩薩と炎に包まれた広島の原爆ドームを並置しています。画面下部には、別の角度から撮影されたドームの写真が、作家による川の描写と自然につながっています。川岸には簡略化された人物像が並び、その中には川へ身を投じる人物も見られます。1945年8月6日の原爆投下時、ミリキタニは広島にいませんでしたが、その壊滅的な被害は彼に深い影響を与えました。原爆ドームと観音を並置する構図は、多くの作品に繰り返し用いられており、原爆投下がミリキタニの人生と芸術に長く影を落としていたことを物語っています。
しかし本作は、原爆を主題とした作品群のなかでも特異な存在です。他の作品では、観音像は、ニューヨークのチャイナタウンで見つけたと考えられる雑誌の挿絵やポストカード、あるいはカレンダーのコピーなどを貼り合わせたコラージュで表現されています。一方、本作において観音はミリキタニ自身の手で描かれており、原爆の記憶に向き合う、その個人的で切実な姿勢が際立っています。こうした強い思いは、画面に自身の肖像写真が挿入されることで、さらに強調されています。
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untitled (Hiroshima/World Trade Center)
untitled (Hiroshima/World Trade Center), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River) label
ミリキタニは、広島への原爆投下を主題とする作品を数多く制作しました。これらの作品では、炎上する原爆ドーム、救助を求める人々、そして救済をもたらすコラージュされた観音像が繰り返し用いられています。世界貿易センタービルを扱った作品にも、同様の視覚的要素が多く取り入れられており、二つの出来事がミリキタニの記憶の中で結びついていたことを示しています。
しかし本作は、二つの主題が一つのイメージの中で物理的に交差する、きわめて稀な作例です。炎上する原爆ドームの横には、モノクロの世界貿易センタービルのイメージが配置されています。画面上部には、ヒジャブをまとった女性像とオサマ・ビン・ラディンの写真を組み合わせたコラージュが見られます。さらに画面右上には、「USA」と記された飛行機が原爆ドームへ突入するドローイングが描かれており、原爆投下と9.11同時多発テロという二つの出来事を同時に想起させます。
広島、9.11、イラク戦争という異なる歴史的暴力のイメージを重ね合わせることで、ミリキタニは、世界規模で繰り返されてきた暴力の相互関連性について考える視点を提示しています。本作は、時間や場所、政治的文脈の隔たりを越え、暴力や人種差別、戦争が循環する構造を、単純な「敵」と「味方」の二項対立に回収することなく、鑑賞者に問いかけてきます。
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untitled (Battle of Midway)
untitled (Battle of Midway), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (Atomic Bomb Dome, Kannon, River) label
本コラージュ作品は、太平洋戦争における重要な戦いであったミッドウェー海戦(1942年6月)を主題としています。この海戦で日本海軍はアメリカ海軍に空母四隻を失う大敗を喫し、太平洋における勢力の均衡は大きく変化しました。
ミリキタニは絵画と写真を組み合わせることで、日本の帝国主義と戦時の記憶を呼び起こしています。激しい赤の筆致で炎に包まれた軍艦の描写を通じて、彼はこの歴史的出来事を、破壊の象徴であると同時に追悼のイメージへと転化させています。
画面上部中央には、1945年9月2日にアメリカ海軍の戦艦ミズーリ号上で日本政府を代表して降伏文書に署名した外務大臣・重光葵(1887–1975)のカラー写真が置かれています。その横には、ソロモン諸島上空で米軍に航空機を撃墜され亡くなった海軍元帥・山本五十六(1884–1943)の肖像があり、さらに右上には、1926年の即位礼正殿の儀で古式装束を着用した昭和天皇の写真が配置されています。
こうした帝国や海軍を象徴するイメージと、暴力性を帯びた絵画表現を織り交ぜることで、ミリキタニは国家の歴史の断片を再構築し、戦争、帝国、そして個人の記憶が不可分に絡み合う様を浮かび上がらせています。
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詳しく見る: 宮島 厳島神社
ミリキタニが宮島の厳島神社を訪れた様子を収めた、リンダ・ハッテンドーフによるビデオ映像です。

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