路上の物語
今日私たちが知るジミー・ツトム・ミリキタニの作品の多くは、1980年代後半から2001年にかけて、彼がニューヨークの路上で生活していた時期、そしてその後に制作されたものです。彼は後年、この時期を「street time(路上の時代)」と呼びました。ロウアー・マンハッタンの歩道や公園は、彼にとってスタジオであり、ギャラリーであり、また人々と出会う場でもありました。ドローイングやコラージュの制作を通して、ミリキタニは路上での生活を送りながら、ほとんど記録に残されてこなかった自身の人生の物語を人々と共有してきました。
このセクションでは、「路上の時代」とその後に制作された二つの主要な作品群として、彼の代表的なモチーフである猫の作品と、自らの人生を詳細に語った自伝的な作品を紹介します。ミリキタニはまず、親しみやすく通行人の目を引く猫の絵を用いて会話のきっかけをつくっていました。そして人々が立ち止まると、より政治的な意味合いをもつ自伝的作品を紹介し、作品を通じて自身の人生やコミュニティに影響を与えてきた歴史や出来事を、伝えようとしました。
ミリキタニの自伝的な作品には、彼が「education papers(教育書類)」と呼んだコラージュ作品が含まれています。この「教育書類」は、彼の生い立ちや学歴、そしてアーティストとしての活動を記録したもので、道ゆく人々に話しかけられたり、警察に質問された際には、身元確認や自己紹介の役割を担っていました。
「路上の物語」セクションは、ミリキタニが路上で制作した猫の作品や自伝的な作品を通して、彼が歩んできた人生の旅路へと鑑賞者を誘います。
Jimmy Tsutomu Mirikitani, untitled (cat with fish and peppers), date unknown, Collection of Linda Hattendorf, Taos, New Mexico, EL2024.141
ビデオによる紹介
このビデオは、リンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』には収録されなかった映像をもとに、彼女自身が編集したもので、ジミー・ツトム・ミリキタニの人生と作品における重要な瞬間を捉えています。
厚着をして指なし手袋をはめたミリキタニが、公園や歩道で絵を描き、何気ない街角を即興的なギャラリーへと変貌させる様子が映し出されています。さらに、通りすがりの人々が足を止め、彼の絵を眺める姿も捉えられています。
untitled (cat with blue peony)
untitled (cat with blue peony), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (cat with blue peony) label
画面の奥に描かれた一匹の猫が、手前に描かれた鯉や花を好奇心いっぱいに見つめています。ボールペンと色鉛筆で鮮やかに描かれた本作は、ミリキタニの代表的なモチーフである猫を題材とした一作です。ミリキタニは猫好きとして知られ、多くの作品で猫を描いてきました。猫のほかにも、花や野菜、動物といった親しみやすい「かわいい」モチーフを用い、道ゆく人々の関心を引きつけていたことはよく知られていますが、これらのモチーフがミリキタニにとってどのような意味を持っていたのかについては、さまざまな解釈が考えられます。たとえば、強制収容所で亡くなった猫好きの友人へのオマージュ、猫の絵で知られるフランスに帰化した画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)への憧れ、あるいはミリキタニ自身にとって馴染みのある特定の人物を指している可能性などが考えられています。
画面右下には、画号「雪山」の署名と、著名な日本画家である川合玉堂および木村武山を師とする旨を記した銘文が添えられています。これらの署名・印・銘文の組み合わせは、本展に出品されたほぼすべての作品に見られ、ミリキタニが自身の芸術的伝統に深い誇りを抱いていたことを示しています。
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untitled (“education paper") separate entries
untitled (“education paper” with owl), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (“education paper” with owl 2), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (“education paper") label
この二点は、ミリキタニが「education papers(教育書類)」と呼んでいた作品です。サクラメントでの出生、東京での美術教育、第二次世界大戦中のトゥーリーレイクでの強制収容、そして後にニューヨークを拠点にアーティストとして活動するまでの歩みが、一つの画面にまとめられています。1980年代後半から2001年まで路上生活を送っていたミリキタニは、これらの「教育書類」を自ら作った身分証明書として携帯し、警察や通行人から人生や作品について尋ねられた際に提示していました。このような「教育書類」は複数存在していたと考えられ、より多くの要素を含む《無題(「教育書類」とフクロウ)》は、《無題(「教育書類」とフクロウ 2)》をもとに、後年、あらたに手を加えて制作されたものと思われます。
これらの「教育書類」は、経歴や身元を伝えるための実用的な役割を担うと同時に、ミリキタニのコラージュ作品として読むことができます。誰かの助けを借りてまとめられたであろうタイプ打ちの文章を土台に、その上には自身の写真、自筆の書き込み、浮世絵師・喜多川歌麿による梟の図のコピー、日本の皇室の紋章である菊の御紋などが重ね加えられています。さらに余白には、近隣住民による英語、日本語、中国語、韓国語での署名やコメントが書き込まれており、ミリキタニの路上での芸術活動や生活を支えた、多民族が共存するニューヨークのコミュニティの痕跡が刻まれています。
untitled (cat with blue peony)
untitled (cat with fish and peppers), Jimmy Tsutomu Mirikitani
untitled (cat with blue peony) label
ニューヨークの路上で生活していたミリキタニは、しばしば拾い集めた素材を用いて作品を制作していました。豊富な食べ物に囲まれ、満足そうに微笑む白黒の猫を描いたこのドローイングは、雨や野外環境にも耐えることから彼が好んで使用していたボールペンが用いられています。こうした実用的な選択は、家を持たない彼の制作活動にとって欠かせないものでした。さらに擦り切れた上端から分かるように、本作では廃棄された発泡スチロール板を支持体として用いており、ミリキタニが入手可能なあらゆる素材を巧みに活用していたことを示しています。また、上部と下部に見られる小さな「×」印は、作品を切り取る予定だった箇所を示しています。
日常的な道具と拾い集めた支持体を用いて、ミリキタニは生活の中で捨てられる素材を、長く残る作品へと変えていきました。彼の制作には、創造性と生の営みが常に分かちがたく寄り添っていました。
詳しく見る:最初の出会い
アーティストのロジャー・シモムラが、ミリキタニとの出会いとその時の印象について語っている様子を収めた、リンダ・ハッテンドーフによるビデオ映像です。

Satō Tesurō, Jimmy Tsutomu Mirikitani on the streets, 1990s, Courtesy of the artist, EL2025.060
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